日イ国交60周年だからこそ読みたい!インドネシアを舞台にした小説5選。

日本とインドネシアが国交樹立して今年で60周年を迎えます。外務省が主体となり、日本とインドネシア双方で「日本インドネシア国交樹立60周年記念事業」が執り行われています。先般行われたジャカルタジャパン祭り(JJM)でのミュージックライブもその一つです。

親日国でランキングを組むと、必ずトップ10に入ってくるインドネシア。そんなインドネシアも、日本側から見ると「外国の一つ」に過ぎません。それでもインドネシアを舞台にした小説というのはいくつか刊行されています。

今回は、そんなインドネシアを舞台にした特異な小説をご紹介します。インドネシアに住んでいる人、これから訪れる予定の人、インドネシアに興味がある人はぜひ一読してみてください。

神鷲商人(深田祐介)

昭和33年、インドネシアに対する賠償協定が調印されたのに目を付けた日本商社は、巨額の利益を求め画策する。その翌年、日本を訪れたインドネシア大統領スカルノは、ナイトクラブで美貌の歌手、根岸直美を見初める。戦後の日本、アジア関係の原点となる賠償に巻き込まれた人間たちのたどる数奇な運命を、壮大なスケールで描く。

Amazon:神鷲商人(上)紹介ページより抜粋

インドネシア大統領第三夫人となった直美は、異国での軋轢に傷つきながらもスカルノの愛情を励みに、確固たる地位を築き上げていく。一方、彼女を利用し、巨利を貪り続けようとする日本商社の思惑と、それをめぐる男たちの野心は何をもたらしたのか。果たして、戦時賠償はインドネシアを救うという神鷲だったのだろうか。

Amazon:神鷲商人(下)紹介ページより抜粋

インドネシア在住ビジネスマンなら間違いなく読むべき一冊です。インドネシアの戦後賠償を巡る日本の商社とインドネシアの政治の物語。

デヴィ夫人と東日貿易の元社員・桐島正也さんという実在の人物がモデルとなっています。作中では名前が微妙に違います、その他スカルノ・スハルト両大統領や9・30クーデターの際の将軍名などはそのまま出てきます。建物や歴史事象も忠実に描かれているので、ほとんどノンフィクションといっても過言ではないフィクションに仕上がっています。

特に物語のクライマックス、9・30クーデター前後の緊迫感の表現は見事の一言。実際に1998年5月暴動を体験した筆者(私)からすれば、当時を思い起こさせるようなリアリティがありました。軍のクーデターと民衆の暴動という違いはあれど、国家元首の変更をともなう国の転換点といった意味では同じなのでしょう。

現代では20代の日本人社員が大統領に取り入るということはとても考えられません。が、インドネシアでビジネスをする者にとっては「一度はこんな人生を歩んでみたい!」と思わせられる小説です。

なお、桐島さんについてはじゃかるた新聞がかつてインタビューをしたほか、書籍も刊行されています。桐島さんには本当にハルティカのような女性がいたのでしょうかね。残念ながら電子書籍化はされていないので、読まれる方はぜひ書籍を購入してください。

赤道 星降る夜(古内一絵)

ブラック企業に追い詰められ多額の借金を背負った達希は発作的に飛び降り自殺を図り、15年前に死んだ祖父の霊に助けられる。祖父は生前心残りの「人探し」を一緒にすることを条件に隠し財産で借金の肩代わりを提案。そこから祖父の霊とのボルネオ(カリマンタン)への旅が始まる。そこで出会ったのは、個性豊かな人々と悲惨な戦争の記憶。やがて一行は赤道の街ポンティアナックに到着。そこには、この旅に祖父が託した本当の目的が隠されていた。今まで決して口にすることのなかった、「知られざる謀略事件」とは。そして、そこに隠された,祖父の過去にまつわる真実とは。終戦間近、実際に起こった事件をモチーフに描く、感涙必至の人間ドラマ。

Amazon:赤道 星降る夜 紹介ページより抜粋

2018年8月に出版されたばかりの小説です。著者の古内一絵氏は、2010年「銀色のマーメイド(刊行時『快晴フライング』に改題)」第5回ポプラ社小説大賞特別賞を受賞している作家です。

終戦間近に実際に起きたポンティアナック事件を題材にしています。インドネシア西カリマンタンのポンティアナックで発生した、日本海軍の民政部および海軍特別警察隊による現地住民への弾圧事件です。

日本ではほとんど知られていないポンティアナック事件ですが、現地では今でも毎年慰霊祭が行われるほど、忘れられない記憶となっています。学校でもこの事件のことを教えられるそうです。ただしそれは日本軍や日本人の非道さを扱うわけではなく、戦争そのものの悲惨さを教える授業のようです。

私はポンティアナック事件のことを知らず、本書を読み終わり解説を読むまでこの小説が実際の出来事を題材にしているとは気づきませんでした。まさかこんな悲しいこと・辛いことが現実に起きていたとは思えなかったからです。それくらい小説としては良く出来たクオリティーです。

物語は現代と戦時中と二つの時間軸で進行していきます。物語に隠された秘密が徐々に紐解かれていくのですが、物語的に無理のない伏線回収がなされており、非常に読みやすい小説になっています。読み終えた後は、明日への活力が湧いてくるタイプの小説です。

日イ国交樹立60周年の今年に発刊された小説。各種電子書籍でも出版されているので、ぜひ一読ください。

利権聖域 ロロ・ジョングランの歌声(松村美香)

菜々美の従兄・稔は8年前、新聞記者として赴任したインドネシアの東ティモール独立紛争に巻き込まれ死亡した。最後の便りはロロ・ジョングラン寺院の写真だった。週刊誌記者となった菜々美は、インドネシア・中部ジャワ地震の現地取材で、NGOボランティアや国際開発コンサルタントの日本人と出会い、国際協力の裏側を知る。稔の死に芽生えたある疑念とは。国際援助のあるべき姿を問う、第1回城山三郎経済小説大賞受賞作。

Amazon:利権聖域 ロロ・ジョングランの歌声 紹介ページより抜粋

作者は青年海外協力隊に参加し、その後開発コンサルタントとして業務している松村美香氏。本作は2008年に執筆され、城山三郎経済小説大賞を受賞しています。1998年ジャカルタ暴動の際は、筆者(私)同様ジャカルタに滞在しており、そのことに関する書籍(『ジャカルタ炎上(2013)』)も執筆しています。

物語の舞台はジョグジャカルタ、そして東ティモール。2006年に実際に起きたジャワ島中部地震から始まります。菜々美の従兄・稔は8年前(1998年)、新聞記者として赴任したインドネシアの東ティモール独立紛争に巻き込まれ死亡した。最後の便りはジョグジャカルタにあるプランバナン寺院(通称:ロロ・ジョングラン寺院)の写真でした。時を経て週刊誌記者となった菜々美は、稔の最後の手がかりがあるジョグジャカルタで起きた中部ジャワ地震の現地取材で、NGOボランティアや国際開発コンサルタントの日本人と出会い、ODA絡みの国際協力の裏側を知っていきます。

物語として伏線回収が上手いです。登場人物一人一人に「意味」があり、それぞれが実はつながっていて、それが徐々に浮き彫りになっていくというオーソドックスな物語パターンです。非常に読みやすく、一気に読み終えてしまうくらいでした。ロロ・ジョングラン寺院には、恋人で訪れると必ず別れるという伝説があるそうです。その伝説の内容もうまく説明されており、それを小説に良いように落とし込めていました。

インドネシアで働くものとして、「正義」だけでは物事は進まず、「必要悪」があるのは理解しています。ただ、昨今はそれを「インドネシアだから」の一言で片づけてしまっている人が多いと思います。本作は、その点を深く掘り下げ、なぜ必要悪があるのか、どうしてなくならないのかについて述べられています。一方で、「どうすればよいか?」については答えが出る問いではなく、そのあたりが若干読み終えたときの物足りなさにつながっているのかもしれません。

花を運ぶ妹(池澤夏樹)

一瞬の生と無限の美との間で麻薬の罠に転落し、バリ島で逮捕された画家・哲郎。死刑なんて、きっとなにかの間違いだ。誰にもテッチを殺させはしない!パリから帰国した妹のカヲルはひとり、バリ島へ飛ぶが…。交錯する生と死、西欧とアジア、そして絶望と救済。毎日出版文化賞受賞の傑作長篇小説。

Amazon:花を運ぶ妹 紹介ページより抜粋

芥川賞をはじめ、数々の文学賞を受賞した池澤夏樹氏が2000年に執筆した小説です。本作も毎日出版文化賞を受賞しています。

麻薬使用でバリ島で逮捕され、死刑の危機にある兄・哲郎を救うため、妹・カヲルがバリ島で奮闘する物語。フランス・パリやタイ・チェンマイなども舞台になります。サスペンス小説ですが、かなり詩的な要素が強く、読者によっては退屈に感じるかもしれません。

物語のクライマックスあるいはターニングポイントとして、絶望に打ちひしがれるカヲルが、ウルワツ寺院で殻を破り立ち直るシーンがあります。今ではだいぶ観光地化されてしまったウルワツ寺院ですが、断崖から眺める夕陽とケチャダンスやバリ舞踊のコンビネーションは神秘的なものを感じないわけにはいきません。

降臨の群れ(船戸与一)

一九九九年一月、マルク州の州都アンボンで、イスラム教徒とキリスト教徒の殺し合いがはじまった。インドネシア最大のイスラム過激派組織ラスカル・ジハードの参戦や、アメリカのアフガニスタン空爆により抗争は拡大、より凄惨なものとなる。そんな状況下、一介の技術者だった笹沢浩平は、インドネシア陸軍情報部の策略にはめられ、烈しい憎悪と殺戮の渦に呑み込まれてゆく…。

Amazon:降臨の群れ(上) 紹介ページより抜粋

何を躊躇う、殺せ、殺してしまえ!神の声が地獄の門を引き開ける。複雑化してゆく血の抗争。異教徒殱滅をはかるイスラム教徒。分離独立をめざすプロテスタント。暗躍する情報機関、武器商人。見え隠れする国際テロ組織アル・カイダの影。この地の誰もがゆっくりと、しかし確実に狂気へと誘われていた…。神の数だけ正義がある。アジアの火薬庫インドネシアを舞台に描く冒険巨編。

Amazon:降臨の群れ(下) 紹介ページより抜粋

2007年に発刊された上下巻合わせて800ページ以上にもなる大作です。作者の船戸与一氏は早稲田大学探検部に所属しており、中国や東南アジアを題材にした冒険小説を数多く執筆しています。『虹の谷の五月』で直木賞を受賞しているほか、日本冒険小説協会大賞を6作品で受賞しています。

本作は1999年にマルク諸島のアンボンで起きたイスラム教徒とキリスト教徒(プロテスタント)による宗教紛争が題材となっています。ただし、作中では2002年に起きたバリ島爆弾テロやイラク戦争といった事象も登場していることから、舞台としてはこのあたりの年代になります。現在では平和を取り戻し、再びイスラム教徒とキリスト教徒が同数くらい共存する島になっていますが、21世紀に入ろうとする頃、スハルト政権崩壊直後のインドネシア混乱に乗じてアンボンでは血で血を洗う凄惨な戦いが起きていました。

面白い小説で一気に読破してしまえるのですが、クライマックスでの伏線回収がやや駆け足になり、ハッピーエンドなわけでもありません。作中、キーパーソンとなる登場人物は複数いるのですが、最終的にそのほとんどが殺されてしまうことを考えると、読了後は少し重たい気分になる小説です。

小説の観点からアンボン島の悲劇を知るにはうってつけの作品だと思われます。土地の情報などは、おそらく現地に赴いてしっかり取材をして作品を作り上げたのだろうという感じを受けました。アンボンは今では平和を取り戻し、外務省の危険度マップなどを見ても、特に危険な地域というわけでもありません。それでも訪れた方のブログを見ていると、やはり今でも火種が燻っているのではないかという意見をよく見かけます。