インドネシアでコロナに感染して入院した話。

ラーメンに飯物をつけて、食いすぎたと後悔しながら嘔吐する夜が2日間続いた。

咳が出て隣人に通報され、セキュリティが部屋まで体温を測りに来る騒ぎがあった。

翌朝起きると熱っぽさを感じ、体温を測ると38.5度あった。

Wellbeで病院の予約を取り付け、その日の夕方診察を受けるとそのままUGD(緊急治療室)へ入院となった。

その後、PCR検査でコロナ陽性が判明した。

 

Twitterでも色々発信してきましたが、当方PCR検査で陽性となり、10日間ほどインドネシアで入院生活を送っていました。状況は日々刻々と変わるものですが、これからの参考になれば、また自分の備忘録がてら、出来事や思ったことを記していきます。

感染時から入院までの時系列

木曜日   (発症5日前) Antigenテストで陰性となる。
土曜日   (推定感染日・発症3日前) 恐らく感染していたと思われる友人と会食。
日曜日   (発症2日前) 夕食で油そばと白飯を食う。普段と同じ分量だが、食後吐き気を催し嘔吐する。水のような下痢に襲われる。
月曜日 夕方 (発症前日) 夕食でラーメンとチャーシュー丼を食う。普段と同じ分量だが、食後吐き気を催し嘔吐する。水のような下痢に襲われる。
    咳が少し出て、煩かったのか隣人からセキュリティに通報される。二人組のセキュリティが熱を測りに来るも、36度台で正常だったため問題なし。
    寝際に寒気を感じる。
火曜日 (発症日) 発熱を感じる。体温を測ると38.5度。その他、頭痛・関節痛・咳などの副症状。
      Wellbeにコンタクトを取り、その日の夕方Mayapada Kuninganでの受診を取り付ける。当初、Mayapada Lebak Bulusを提案されたが遠いため拒否。
  夕方   Mayapada Kuninganで受診。当初、コロナと合わせてデング熱を疑われる。その後、発熱がひどいためドクターの勧めによりUGDで検査入院となる。
    UGDは受付や従事者が近く、個室でもなかったので常に物音が煩かった。また頭痛がひどく、意識も朦朧としており、1-2時間おきに目を覚ます有り様で全く眠れない。頭の中をもさもさした球体が占めるイメージであった。21時ごろにPCR検査(採取)を受ける。
水曜日 (発症2日目) コロナ陽性の判定が出る。これを受け、UGD内の個室へ移動させられる。
    ドクターから入院を勧められる。ただしMayapada Kuninganはすでに満床のため他の病院を探すとのこと。
    北ジャカルタの病院に空きがあるとのことだったが、持っている保険でキャッシュレス支払いができないこと、およびGoogle Mapのレビューにやや不安を覚え、断る。
      出てきた食事はおかゆかとろろご飯かと思ったが、生炊きの飯だった。やむなし丸亀うどんのデリバリーを注文して凌ぐ。
木曜日 (発症3日目) UGD3日目になってしまったため、早く出ていってくれというような無言の圧力を感じる。UGD内の個室から出され、外のプレハブ病室へ移る。
    Mayapada Bogorに二人部屋だが空き病室があるという話が出る。キャッシュレス支払が適用可能なため、ジャカルタから離れるのは気が引けたが、転院を承諾。
    救急車によってジャカルタからボゴールまで1時間搬送される。救急車内に設備はなく、ただバンの後部がベッドになっているだけ。点滴を掛けておくような台もなく、運転席との間に仕切りもなし。サイレンだけ一丁前に煩く、ずっと鳴らしていた。

  (入院1日目) Mayapada Bogorに到着。到着検診を受け、部屋に案内されるまで1時間半程度を要した。
食事を期待していなかったので、Go FoodでSate Taichanを注文したのだが、セキュリティから部屋に届くまで2時間くらい掛かってしまい、前途多難の予感。一方で、病院食は意外とまともだったことに驚きを隠せなかった。
二人部屋と聞いていた部屋は、もともと個室だったところにベッドをもう一つ置いただけであるため、動線の意味で不便さは多々あった。
3日ぶりにシャワーを浴びることができたが、後述するようにタオルもシャンプーも何もなく、ただぬるま湯を浴びるのみとなってしまった。
金曜日   (発症4日目・入院2日目) ジャカルタの友人に依頼をし、不足している品物を送ってもらう。バスタオル・ティッシュ・トイレットペーパー・ハンガー・シャンプー・ボディソープ等をGrab Expressで送ってもらったが、非常に助かった。
      慣れない場所での入院2日目。症状は咳くらいしかなかったが、いつ退院できるかも分からず、精神的ストレスの最初のピークはこの日だった。
相部屋のおっさん(Pak Deden)のいびきは煩いし屁はこくし。それでも慣れて平静を保つしかないと半ば諦める。3食の食事が普通に美味かったことが救いだった。
廊下が良く換気されていて、ボゴールの柔らかな日差しと涼しい空気を浴びながらのんびりすることができたのもまた、ストレス軽減になった。

土曜日   (発症5日目・入院3日目) 食事は前日に3食のメニューを聞かれる。インドネシア、ウエスタン、オリエンタル、日本食と種類はあるがメニューはほとんど一緒。日本食だとだいたいうどんか豆腐のなにか。ウエスタンはビーフハンバーグかチキンソテー。3食食後にテーマニスとお菓子が付いてくる。
月曜日   (発症7日目・入院5日目) 翌日(火曜日)で最初のPCRから1週間が経つとのことなので、再度PCR検査を実施することに。そこで陰性が出れば退院が許可される。採取から結果判明までは24時間以内と伝えられた。
火曜日   (発症8日目・入院6日目) PCR検査を受ける。また同日、点滴が抜け投薬に切り替えられた。切り替え当初は食後の投薬量や10錠近くあったが、これも徐々に少なくなっていった。点滴が抜けたことで、風呂にも入りやすくなった(それまでは針を刺したまま患部を保護してシャワーを浴びていた)。
水曜日 (発症9日目・入院7日目) 24時間経ってもPCR検査の結果が出てこない。
また午前中、院内病室整理のため部屋を移るように言われた。コロナ病棟から出され、広い角部屋に通される。広い部屋にベッドが2つ置かれており、一つには(言葉は悪いが)今にも死にそうな爺様が横たわっていた。そして部屋のエアコンが効きすぎていてめちゃくちゃ寒い。
こんな寒い部屋で死にそうな爺様と一緒では余計に体調が悪化すると危惧し、看護師に部屋の移動を訴える。幸いその部屋では昼食を摂る程度の時間だけを過ごし、別の部屋へ移ることができた。
    移った別の部屋ではコンセントが枕元にあったり、これまでより快適だと思っていたが、この部屋は窓がない。むしろ病棟に窓がなく、外の様子が分からない。これまでのように窓際で外の風に当たることもできない。
ここにきて精神的ストレスのピーク第二波が来た。
PCR検査の結果は24時間以上経っても出てこず、体はすでに健康であるのにいつまで閉じ込められるのだろうというストレス。
退院はドクターの判断を待ってという看護師の指示だが、この日はドクターの検診がなぜか夜まで来ない。
    ようやくドクターが検診にやってきて、「明日の検診で問題なければ退院(自宅療養)を認める」という言質をもらう。
木曜日 (発症10日目・入院8日目) 日光で時間調整をすることができず、寝起きからストレスを感じる。個人的に朝起きて太陽の光を浴びるというルーティーンは非常に重要なものなのだと再認識させられた。
早々にドクターがやってきて「昼には退院してもよい」との言質を取る。

 

発症から入院、そして退院に至るまでの大まかな経緯はこうだった。

次に、今後コロナでインドネシアで入院するかもしれないという方に向けて、所感を記しておく。

 

入院するべきか、否か?

これはそもそも、「入院できるか、否か」という問題がまずある。現在のジャカルタおよび近郊での病床逼迫は危機的状況であり、実際自分も検査入院から本入院まで病院を探すため3日を要した。日本人でも、入院待ちで自宅療養させられているケースを多く聞く。

そもそも入院できる病室が少ないとなると、必然病室や病院のクオリティーも下がってしまうことになるわけであるし、そういった意味も含めて「ある程度若くて健康的なら入院は必要ない」と考える。

自分が入院に至った一番の理由は、単身であるため仮に容体が急変した際に対応できず孤独死のリスクがあるから、というドクターの説明であった。たしかにその通りだと思うし、結果的には入院出来て適切な治療を受けることができたおかげで、症状の回復も早かったように思われる。

ただしそれでも入院するより自宅療養のほうが圧倒的にいい。自分は逆に「入院できなかった時の不安」などを感じることはなかったが、入院に伴うストレスは時にそれを大きく上回ってしまうことがある。入院して2日目と退院直前、部屋の環境やそれまでとの変化に心身が追い付かず、ストレスを溜め込んでしまうことがあった。

病院か国家のレギュレーションだろうが、一度入院すると最低1週間は出れない(初回のSwabテストから再度Swabができるまで1週間空ける必要があり、この間は入院してなければならないため)。いつ出れるか分からないまま、良くない環境に身を置くというのは、予想以上にメンタルに負担がかかるものである。

 

食事について

食事は全く問題なかった。量が足りないのは仕方ないが、味についてはどれも及第点で困ることは特になかった。

 

入院に際する注意点

持ち物

入院にあたり、充電器や4-5泊分の着替え、歯ブラシセットを前もって準備していたのだが、実際にボゴールに転院して困ったことは多々あった。

部屋にシャワー・トイレはついている。ただし、バスタオルもトイレットペーパーもティッシュもなにもない。本来ならあるのだろうが、コロナ対策で用意が出来ないとのことだ。

さすがにそれでは困るのでジャカルタの友人にバスタオル・ティッシュ・トイレットペーパー・ハンガー・シャンプー・ボディソープ等をGrab Expressで送ってもらったが、これが大変助かった。ちなみに送料はバイク便だと150rb、車便だと300rbである。日用品に困らなくなるだけで、住めば都ではないが、生活のストレスがだいぶ軽減されるというものだ。

 

まとめ

そんなこんなで、今は病室で退院の手続き待ちをしている。

それまで人生で入院なんて、長くても半日か一晩くらいだったので、10日間の入院は自分にとって全く未知のものであった。正直なところ、「ボゴールで療養なんて少しネタになるやろ」くらいの気持ちで入院したが、やはり入院なんてするものではない。

10日間治療に当たってくれた医療従事者に感謝の念を示すとともに、人間基礎体力が大事と実感したのでまずは体力のリハビリに励みます。それでも今晩は久々に美味いものでも食いたいなぁ。