【日本100名城】月山冨田城訪問記。尼子氏六代の栄枯盛衰を見守った島根の要塞。

【日本100名城】月山冨田城訪問記。尼子氏六代の栄枯盛衰を見守った島根の要塞。

100名城巡りを兼ねた出雲ツーリングの旅。松江城の次は月山冨田城です。

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難攻不落と謳われた月山戸田城。山頂の跡地までの道のりがとにかく過酷でした…。

難攻不落の月山冨田城へ

松江を後にして次はもう一つの100名城・月山冨田城に向かいます。

広域農道を利用して、スタンプが置いてある安来市立歴史資料館までは約45分程度です。

月山冨田城は、尼子氏と毛利氏が存亡をかけ激戦(月山冨田城の戦い)を繰り広げた中心地です。尼子氏がいったん滅亡した後も、忠君の代名詞とされる山中鹿之助が尼子家再興のため攻め入ったりと、合戦好きにはたまらない場所ですね!

そんな月山冨田城は、まさしく現代においても難攻不落の要塞でした…。

資料館のある道の駅から本丸までのうち、途中までは細い道ながら車両で上がることができます。車両を停め、道を上がっていくとまず開けた場所に出ます。

山中御殿

ここは山中御殿(さんちゅうごてん)といい、下から上ってくる道はすべてここで合流し、頂上の本丸へはここを経由して七曲りの険路を登らなければいけません。月山富田城にとって重要な場所です。

ここまで来ることは比較的簡単です。ちかくに簡単な駐車場もあるので、そこまで車両で来ることもできます。

問題はここから本丸へ上るまでの「七曲り」です。(2016年7月時点で工事中とのこと

日本百名城塗りつぶし同好会の「みなさんの登城記録・月山冨田城」を見ると分かりやすいですが、出てくるコメントがひどい。

「急坂、狭路、ヘビ」

山中御殿から本丸までは20分とありますが、体力に自信があって山登りに慣れている人でなければ20分では難しいです。3月上旬で外はまだ寒さを感じるほどなのに(実際この日の朝の気温は4℃)、山頂に着くころには汗びっしょりです。

やっとの思いで到着した本丸跡には、山中鹿之助像があるほか、築城以前から存在するといわれる神社などがあります。本丸跡からは安来市内が一望でき、遠くは日本海までを望むことができます。

月山冨田城 本丸跡

月山冨田城 頂上から
山頂から見た安来市内の様子、奥には日本海がうっすら見える

本丸までの道のりは、山中鹿之助の名言を身に染みて感じることができます。

我に七難八苦を与えたまえ

本丸まで登るのは非常に労力がいりますが、スタンプを取りに訪れた際は資料館だけでなく、ぜひ山中鹿之助の気分になって登頂してみてはいかがでしょうか?

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