【大分ツーリング】「荒城の月」の作曲家・瀧廉太郎、に似ている筆者が大分にツーリングに行った話。

【大分ツーリング】「荒城の月」の作曲家・瀧廉太郎、に似ている筆者が大分にツーリングに行った話。

 

3月の連休を利用して、大分2つ愛媛2つの100名城巡りツーリングに行ってきました。

その中でも特に今回は、大分にある岡城址が一番行きたいところでした。というのも、岡城がある大分県竹田市は謡曲「荒城の月」で有名な瀧廉太郎の出生地だからです。過去最多のアカデミー賞6部門受賞作品の『LA LA LAND』の劇中歌にも使用されました。

でも「それがどうした?」という話ですよね。実は筆者、私、瀧廉太郎にそっくりと言われるんです…。

はい!というわけで行ってきました!

 

スオーナダフェリー

まずは広島から九州へ渡るため、徳山港を目指します。広島市内からは高速を使って1時間半程度です。本州から九州の右半分を訪れる場合、高速を使って関門海峡から周るよりかは、このルートのほうが楽です。

スオーナダフェリーは1日5往復、早朝や深夜も運航しているので、かなり時間に融通が利きます。運賃は全席2等で大人(2,700円)+バイク750cc以上(3,100円)の5,800円です。2017年の4月1日から6月30日の間は燃油サーチャージが旅客運賃とバイク運賃に各50円(計100円)かかります。

 

 

船は就航して間もないのか、船内・船外ともに綺麗でした。

 

 

徳山港のすぐ近くには出光興産の徳山事業所があります。ここは出光が日本で初めて作った製油所でもありました。現在は石油精製は行っていませんが、そのほかの関連事業は行われています。詳しい話は「海賊と呼ばれた男」を読むといいでしょう。映画や漫画にもなっています。

 

恋叶ロード

2時間の船旅のあと、九州は大分の竹田津港に到着します。

ここからまずはUSA神宮こと宇佐神宮を目指します。竹田津港から国道213号線を西へ40分ほど行くと到着します。

竹田津港を出てすぐ、一面の菜の花畑と共に「恋叶ロード」という標識が見えます。豊後高田市はこの国道213号線の一部区間を観光道路としました。

 

 

海岸線を走っていると適度なワインディング、信号のない舗装された道がしばらく続いており、非常に快適なドライブコースです。

 

USA(宇佐)神宮

宇佐神宮の駐車場は有料です。しかしバイクは排気量に関係なく100円で済みます。

駐車場から本殿へ向かうと、まず脇道に土産物屋やレストランが並んでいます。この辺りは鶏のから揚げが有名なので、ぜひ昼ごはんに唐揚げ定食を食べてみてください。大粒でジューシーな唐揚げと白ご飯の組み合わせは最強です。

 

 

宇佐神宮の本殿までは、駐車場からだとやや歩きます。15分程度でしょうか。なにせ神宮という名だけあって、それなりの広さがあります。途中で階段道もあるので、夏場は汗をかくことでしょう。

 

 

宇佐神宮は全国に44,000か所ある八幡宮の総本山になります。奈良時代に起きた道鏡事件(宇佐八幡宮神託事件)の舞台にもなりました。つまりはこの時代に建立され、現在まで残っている建造物ということです。

 

宇佐神宮には国宝が2つあります。一つが本殿、もう一つが孔雀文磬という仏具の一つです。その他、多数の重要文化財や国の史跡、天然記念物などレア品のオンパレードです。

 

 

仙の岩

宇佐から由布院や大分市内に向かう際に、ぜひ見てもらいたい場所があります。

大分県道50号線沿い、宇佐市安心院町にある奇岩『仙の岩』です。ここら一帯が『名勝・耶馬溪』に指定され、その中でも随一の大岩柱です。筆者は何も知らずこの道を通っていたところ、目の前の絶景に圧倒されました。

 

 

後になって、仙の岩という観光名所だと知りました。高さ100mにものぼる岩壁がそびえ立ち、春には桜、秋には紅葉で彩られるそうです。桜にはまだ早いですが、ここでも菜の花が咲き乱れていました。

 

 

瀧廉太郎記念館

そして竹田市に到着し、とうとう来ました。瀧廉太郎記念館です!バイクは近くの「竹田市立歴史資料館」に駐車しました。無料です。ここから記念館までは徒歩5分程度です。

途中、ぜひ「廉太郎トンネル」を通ってみてください。ただ単に廉太郎の作曲した楽曲がオルゴールで流れるだけなんですけれども。

 

 

滝廉太郎記念館は入場料300円です。開館時間は9時~17時で、入場は16時半までです。

 

さっそく入場口のお姉さんに聞いてみました。

筆者「ぼく、瀧廉太郎に似てるって言われるんですけど、どうなんですかね?」

お姉さん「えっ? あ~、まぁ確かに、言われてみればそうですね(苦笑)」

 

…ごめんなさい、お仕事の邪魔して。

 

さて、似てると言われながらも筆者は瀧廉太郎さんのことを全然知りません。代表曲「荒城の月」もメロディーがなんとなく分かるくらいです。恐らく筆者と同じように、小中学校の音楽の授業を真面目に受けていなかった人も多いのではないでしょうか。

というわけで、以下瀧廉太郎記念館の展示から抜粋した廉太郎の竹田での生活についてです。

瀧廉太郎が12歳から14歳までの2年半、多感な少年時代を過ごしたのがこの家です。

瀧家は代々日出藩(現在の大分県速見郡日出町)の家老をつとめた名門で、廉太郎の父・吉弘は大分県直入郡長に任命され、廉太郎は家族と共に竹田に移りました。その折、瀧一家に官舎としてあてがわれたのがこの家でした。この家は元々岡藩藩主中川家の家臣をつとめた岩瀬家の由緒ある屋敷で、当時は300坪近い大きな侍屋敷でした。

当時の竹田は岡藩の城下町、九州の小京都として、しっとりとした風情をたたえた、文化の香り高い町でした。「遊芸の町」ともいわれ、茶道・華道はもちろん、多くの人が謡曲・仕舞・三味線・琴などをたしなんでいました。

廉太郎は竹田高等小学校に通いながら、城下町の様々な響きや風景、地域の素晴らしい自然に囲まれ、この竹田の町で音楽の道に進むことを決心したのです。

家の前の溝川や裏山の竹藪の響きを聞き、芝居や謡曲の好きだった父親、ヴァイオリンをたしなんだ姉たちのいる家族と暮らしたこの家は、廉太郎の感受性を豊かに育て、後に数々の素晴らしい音楽を作り出す源の一つとなりました。

この旧宅では、廉太郎が聞いていたと思われる、当時の家や庭の音、竹田の町の響きを復元するいくつかの工夫をしています。

「瀧廉太郎記念館」展示物より抜粋

 

要約すると以下の通りです。

  • 廉太郎はエリート公務員の子供だった。
  • 大分県竹田市に住んでいたのは中学校時代の2年半だけ。
  • 自然の音色や、街の音楽を聞いて、音楽的センスが成長した。

 

廉太郎は結局若くして病で亡くなってしまいますが、そのわずかな期間で生み出した音楽は、現代まで続く名曲となっています。

しかし写真を見れば見るほど、廉太郎さんのほうが圧倒的にイケメンです。比較するのもおこがましいです。

 

 

大分川ダム展望台

瀧廉太郎記念館を出発し、岡城のスタンプを回収した後、この日の宿がある大分市内を目指します。下道で、1時間強の道のりです。国道57号線から国道10号線を通るルートと、国道442号線を通るルートがあります。どちらも時間はあまり変わりませんが、休日の夕方とあって前者の幹線道路ルートは渋滞が予想されます。なので今回は国道442号線を通って行きました。

途中、狭い道もありますが、バイクなら問題ありません。大分市内までの道のりの中間点あたりで、急に広大な建設地が見えてきました。

「いったい何を作っているんだろう」と気になっていたら、「第一展望台」という標識が見えました。立ち寄ってみると説明文があり、大分川ダムという大分2位のサイズを誇るダムの建設中とのことです。2017年度中にも完成予定で、2020年度からの供用を目指しています。

 

 

ダムが完成したらまた違った景色になるのでしょう。しかしこのように建設中の景色、すなわち「今しか見られない景色」というのも非常に惹かれます。もう完成間近なので、工事中の様子を見てみたい方は早めに訪問しましょう。

 

まとめ

大分はツーリングには絶好の県です。何といっても別府や湯布院といった温泉が豊富です。また各所にメジャーでない見どころ(仙の岩や大分川ダム)がちりばめられています。

食べ物も宇佐神宮のから揚げや、大分市内なら関サバ関アジがあります。食・観光・温泉と三拍子そろった地域なので、是非つぎのツーリングの行き先にしてみてください。